おはようございます。

月末は相変わらず多忙なキャリ魂太郎です。

さて、今日はほぼ実務のお話し。

キャリ魂太郎がどうしても伝えたい
ミルトン・エリクソンの「完璧な受容」

私が毎回学科試験対策講座でお話しする内容のひとつに、

ミルトン・エリクソンの逸話があります。
(受験生の皆さんが主に学ぶ、発達課題のエリクソンは、「エリク・エリクソン」と言います。)

エリクソンは、同時期の天才と呼ばれる、

グレゴリー・ベイトソン
バージニア・サティア

と比べると、日本の「カウンセリング業界」では知名度が低く、
知らない方も多数いらっしゃるでしょう。

また、催眠療法をメインとしていたため、
正直、学科試験で出題される可能性は低い論点です。

しかし、どうしても伝えたいので、毎回時間を割くようにしています。

ある男子学生の悩みとその原因

エリクソンの元に、ある男子学生が来ました。

その男子学生の悩みは、

「学校で友達ができない」

ことでした。

なぜ友達ができないのか。

その原因は単純明快。

彼は、自分自身を

イエス・キリスト

と思い込んでいたからです。

私たちのところに、この男子学生が来たらどうでしょう。

いや、これ本当に正直言って、

「うわー・・・」
「イタい人来たなぁ・・・」

と思うのが普通だと思います。

いや、そりゃしょうがないですって。そう思うのが人情ですよ。
受容しようとするけれど、一番最初はそうなっちゃうと思いません?

自分のことを

イエス・キリスト

だと「主張」する方を受容するなんて、

多くの人が苦労するのではないでしょうか。

魔術師エリクソンの指示的カウンセリング

しかし、天才とも魔術師とも形容される、
稀代の心理療法家・精神科医であるミルトン・エリクソンは、

男子学生の自己紹介の後、すぐにこう切り返したのです。

「我は(キリストの父である)ヤハウェである。」

と。

自分は、あなたの父だと告げたわけです。

これが天才の天才たるゆえんです。

一瞬にして相手を理解し、受容し、本当の意味で

「クライエントの側に立った」

のです。

そして、エリクソン以外、誰一人としてできないであろう、

「命令」

をしたのです。

その「命令」とは…

「我が息子よ、野球場(グラウンド)に行って、整地してこい」

というものでした。

当然、父なる神の言うことですから、

キリストたる男子学生も、逆らうことはできません。

何を思いながらかは分かりませんが、

キチンと整地をします。

すると、それを見ていた野球部の部員は、

「あれ、なんでアイツ部員でもないのに整地してくれてんの?」

「自分のことをキリストとか言ってるイタい奴だけど、本当は良いやつなのか?」

となります。

そんなことはつゆ知らず、

キリスト君は父ヤハウェであるエリクソンに報告します。

「父上、野球場の整地が終わりました」

父なるエリクソンは、すかさず

「我が息子よ、テニス部のロッカーが壊れているので修理してこい」

と「命令」します。

当然キリスト君は、これにも従います。

だって父なる神の言うことだから。

すると今度はテニス部の部員が、野球部の部員と同じように考え始めます。

こんなやり取りを繰り返すうちに、

自称イエス・キリスト君には、友達ができていったのです。

そう、これで

彼の「主訴」は解決したのです。

エリクソンの愛情に満ちた真の「受容」

どうでしょう。

これまで、何度もこのお話をしているにもかかわらず、
この話をするたびに、本当に素晴らしいなぁと感動を覚えます。
(このエントリーを打っている今この瞬間もそうです。)

だって、エリクソンは

クライエントである男子学生が

自らを「イエス・キリスト」と

「主張」

していることを、

一切問題と思っていない

んです。

養成講座で「相手に併せること(ペーシング)」を学んだはずです。

しかし、養成講座で学んだペーシングなど、

エリクソンが見せた「相手に併せること」からすれば、上っ面にしか映りません。

そして、すぐに、

「主訴」=「友達ができない」

「見立て」=「自分がイエス・キリストだと思い込んでいることが問題」

と、彼が「イエス・キリスト」と主張していることが

本当の問題だと感じ、

・彼を「イエス・キリスト」と主張しないようにすること

・自分がおかしいことを言っていることに気づかせること

を考えてしまうのではないでしょうか。

しかし、エリクソンは、

彼の、自分自身がイエス・キリストであるという

「主張」

には一切触れずに、

「友達ができない」

という

「主訴(悩み)」

のみを解決しました。

これは

「問題(悩み)以外には触れない」
「完璧な受容」であり「真の受容」であり、
クライエントへの「愛情に満ちた受容」

だと私は思います。

本当の意味で「相手に合わせる」なら、傾聴は絶対ではない。

改めて言うことではないですが、ロジャーズも天才です。

そして、天才は一人ではないし、

来談者中心療法(傾聴)が唯一絶対の技法ではないことは当然です。

エリクソンは

「クライエントは一人ひとり異なるのだから、療法も一人ひとりに合わせて実施するべきだ」

と述べました。なんというクライエントファースト。ハンパねー。

だからでしょう。エリクソン財団のダン・ショートは、

クライエントの育った家庭環境によっては、傾聴よりも権威的カウンセリングの方が有益である

と述べています。

また、ロジャーズは、

「伝え返し」が「ただ相手の言葉を繰り返すだけのオウム返し」

と誤解されていることに対して、苦言を呈しています。

ロジャーズの生きていたころでさえ、
「傾聴」は、間違って伝わっているのです。

そして、キャリアコンサルティングが、
法律上「助言と指導」と定義されたにもかかわらず、
「心理カウンセリング」を行うんだと歪んだ認知でもって、

「質問してはいけない」

「助言してはいけない」

「指示してはいけない」

「椅子の位置ごときに拘る」

「メモを取ってはいけない」

「録音してはいけない」

と決めつける。

そんなことが対人援助だ、受容だと思っているキャリアコンサルタントでは、

決して辿り着けない境地です。
(辿り着こうとしていないと思いますが)

傾聴は、カウンセラーの有するべき「態度」であり、来談者中心療法は数ある心理療法の一つにすぎない。

傾聴は、確かに対人援助の基礎的となる「態度」であり、
更には極めれば非常に大きな力を発揮しますが、

それでも見方を変えれば、ロジャーズが言うように、
プロとして持つべき態度・かかわり方なのです。

心理療法は少なく見積もっても数百種類あると言われているのですから、
その「態度」と「療法」を合わせて提供するべきだと私は考えます。

そして、キャリアコンサルティング協議会はおこがましくも

こう言います。

「あなたのキャリコンとしての在り方は自由」

であると。

しかし、その言葉の本当の意味を、全試験官が理解できているのでしょうか。

その「自由な在り方」に基づいた数百種類の「面談」を採点できるとでも?

例えば、対決技法についても、養成講座を受講した経験から、
また多数のキャリ魂塾生の不満を聴いてきた経験から、
全試験官が適正に「自由な在り方」を採点できるレベルであるとは、到底思えません。

いいカッコして、

「あなたのキャリコンとしての在り方は自由」

だなんて告げず、

「あなたの傾聴技法を採点します」

と言うべきですね。

そんなわけで、私はこのエリクソンの技法を、
カウンセリング、コンサルティングに取り入れることに
この10年、ずっと取り組んでいますが、試験で披露することはありません笑。

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