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資格で理想のライフスタイルを実現する、キャリ魂塾のキャリ魂太郎です。


このエントリーでは、村上春樹の「ノルウェイの森」から、「カウンセラーの在り方」について解説しています。

「ノルウェイの森」の冒頭引用

「ノルウェイの森」(以下、本作)は、発達課題が達成できなかったケースや、統合失調症について、また、カウンセラーではない一般的な人の考え方、そういったものが凄く良く描かれています。

ちょっと長いのですが、下記は「ノルウェイの森」の冒頭のシーンです。

読んでみて下さい。

「たとえば今こうしてあなたにしっかりとくっついているとね、私ちっとも怖くないの。どんな悪いものも暗いものも私を誘おうとはしないのよ」
「じゃあ話は簡単だ。ずっとこうしてりゃいいんじゃないか」と僕は言った。
「それ.本気で言ってるの?」
「もちろん本気だ」

(中略)

「あなたがそう言ってくれて私とても嬉しいの。本当よ」と彼女は哀しそうに微笑しながら言った。「でもそれはできないのよ」

「どうして?」

(中略)

「だって誰かが誰かをずっと永遠に守りつづけるなんて、そんなこと不可能だからよ。ねえ、もしよ、もし私があなたと結婚したとするわよね。あなたは会社につとめるわね。するとあなたが会社に行ってるあいだいったい誰が私を守ってくれるの?あなたが出張に行っているあいだいったい誰が私を守ってくれるの?私は死ぬまであなたにくっついてまわってるの? 
ねえ、そんなの対等じゃないじゃない。そんなの人間関係とも呼べないでしょう? そしてあなたはいつか私にうんざりするのよ。俺の人生っていったい何だったんだ?この女のおもりをするだけのことなのかって。
私そんなの嫌よ。それでは私の抱えている問題は解決したことにはならないのよ」

(中略)

「どうしてそんなに固く物事を考えるんだよ?ねえ、もっと肩のカを抜きなよ。肩にカが入ってるから、そんな風に構えて物事を見ちゃうんだ。肩のカを抜けばもっと体が軽くなるよ」

「どうしてそんなこと言うの?」と直子はおそろしく乾いた声で言った。

彼女の声を聞いて、僕は自分が何か間違ったことを口にしたらしいなと思った。

「どうしてよ?」と直子はじっと足もとの地面を見つめながら言った。
「肩のカを抜けば体が軽くなることくらい私にもわかっているわよ。そんなこと言ってもらったって何の役にも立たないのよ。ねえ、いい?もし私が今肩の力を抜いたら、私バラバラになっちゃうのよ。私は昔からこういう風にしてしか生きてこなかったし、今でもそういう風にしてしか生きていけないのよ。一度力を抜いたらもうもとには戻れないのよ。私はバラバラになって――どこかに吹きとばされてしまうのよ。どうしてそれがわからないの?それがわからないで、どうして私の面倒をみるなんて言うことができるの?」

僕は黙っていた。

「私はあなたが考えているよりずっと深く混乱しているのよ。暗くて、冷たくて、混乱していて……ねえ、どうしてあなたあのとき私と寝たりしたのよ?どうして私を放っておいてくれなかったのよ?」

(引用:ノルウェイの森©村上春樹 講談社)

大抵の人は、すぐ問題を単純化する。

一般論ですが、大抵の人は、すぐに問題を単純化したがります。

「難しく考えすぎだよ、もっと簡単に考えればいいんじゃない」
「卵アレルギー?慣れだろ、食べれば治るよ」
「鬱?そんなの甘えだよ」
「寝不足?慣れるよ、俺も若いときはそうだった」

あなたは専門的な勉強をしているから、これをおかしいと思うだけで、こういった考え方が一般的にはまだまだ根強い考え方であるのも事実です。

ノルウェイの森の主人公である「僕」も、すぐに問題を単純化したり、良く知りもしないのに、判断をすぐに下したりします。

それは「間違っているし、求められていない」ことなんですね。

「僕」は直子にこう言いました。

「じゃあ話は簡単だ。ずっとこうしてりゃいいんじゃないか」と僕は言った。

これが「すぐに問題を単純化する」という一般の人の良くない傾向ですよね。

だから、直子に

「それ.本気で言ってるの?」

と言われてしまう。

つまり、「コイツ、マジでわかってねーわ」と思われてしまうわけですね。

「だって誰かが誰かをずっと永遠に守りつづけるなんて、そんなこと不可能だからよ。ねえ、もしよ、もし私があなたと結婚したとするわよね。あなたは会社につとめるわね。するとあなたが会社に行ってるあいだいったい誰が私を守ってくれるの?あなたが出張に行っているあいだいったい誰が私を守ってくれるの?私は死ぬまであなたにくっついてまわってるの? 
ねえ、そんなの対等じゃないじゃない。そんなの人間関係とも呼べないでしょう? そしてあなたはいつか私にうんざりするのよ。俺の人生っていったい何だったんだ?この女のおもりをするだけのことなのかって。
私そんなの嫌よ。それでは私の抱えている問題は解決したことにはならないのよ」

これは、本当に正論だと思います。

カウンセラーは「自立・自律」に必要な支援を行うわけであって、「依存」する関係を構築するわけではありません。

「ずっと一緒にいる」というのは、あくまで「概念的な話」だから言われて嬉しいのであって、現実的な意味で「ずっと一緒にいる・いてほしい」というのは不可能だし、可能になるとすればストーカー的な異常な関係か、親子的な庇護の関係、そして共依存関係ですよね。

18歳やそこらの「僕」には、「好きな子と一緒にいたい」という甘いイメージしか浮かんでおらず、直子の「現実の苦しみ」が全く理解できていないわけです。

素人のアドバイスは、屁の突っ張りにもならない。

そして、「僕」の素人さが十二分に発揮されるのが、次の発言です。

「もし君が僕を今必要としているなら僕を使えばいいんだ。そうだろ?どうしてそんなに固く物事を考えるんだよ?ねえ、もっと肩のカを抜きなよ。肩にカが入ってるから、そんな風に構えて物事を見ちゃうんだ。肩のカを抜けばもっと体が軽くなるよ」

「肩の力を抜け」こんなアドバイスで楽になる状況なら、精神科や心療内科はいりませんよね。

また、「僕」の人生経験からも、非常に「軽い」言葉です。

例えば、私があなたに対して、「面談のときは、肩の力をもっと抜かないとクライエントにその「力み」が伝わっちゃって、却ってよくないですよ」と言ったとしたら、それは「キャリアコンサルタント」や「カウンセラー」としての「先達」のアドバイスです。

そういった状況を、私も経験してきたからこそ、あなたにそう伝えるわけですね。

しかし、「僕」は精神的疾患を経験したり、抱えているわけではありません。

メンタル的に健康な「普通の人」です。

そんな「普通の人」のアドバイスが、「精神的に病んでいる人」に対して、何の役に立つのか。

屁の突っ張りにもならないのは、当然です。

そんな能天気なことを言われたら、そりゃ逆鱗に触れたと言っても過言ではありません。

「どうしてそんなこと言うの?」と直子はおそろしく乾いた声で言った。

それは、「マジでこいつ、『自分のせいで今私が苦しんでいる』ってことが1ミリもわかってねーわ」という怒りです。

そんなこと言ってもらったって何の役にも立たないのよ。

と言いたくもなりますし、心の底から、「怒り」がこみ上げてくるのは致し方ありません。

だから、ついに言ってしまうんですね。

「ねえ、どうしてあなたあのとき私と寝たりしたのよ?どうして私を放っておいてくれなかったのよ?」

そう、直子の今の苦しみは、「僕」との関係で生まれたものだと感情を露わにしてしまうんです。

人が人を理解することは難しい

よく、傾聴の講座では「共感」が大切と言われますし、「大変だったんですね、分かります」というような言葉をかけるカウンセラーやキャリアコンサルタントもいます。

しかし申し訳ないんですが、特にロールプレイ試験の15分で言えば、「分かるはずがない」んですね。

出会って10分やそこらで、何が分かるのか。

何も分からないんです。

この「分からない」ことを前提に、「話を聴く」。

そうでなければ、クライエントの失望や怒りを招くことになりかねません。

ラポールができる関係とは

大学の同級生の「緑」は、「僕」をこう評します。

「少なくともあなたは私に何も押し付けないわよ。

(中略)

あなたはそういうタイプではないし、だから私あなたと一緒にいると落ち着けるのよ。」

逆に言えば、「押し付ける」人とは「落ち着いた関係」が作れないわけです。

「僕」は緑に対しては、一応傾聴ができます。

なぜなら、「緑のことは異性として「好き」という対象では(まだ)ないから」です。

「助けたい」とか「この女の子と付き合いたい」という余計な気持ちが入っていないから、中立的に話が聴けるんですね。

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