資格で理想のライフスタイルを実現する、キャリ魂塾のキャリ魂太郎です。


このエントリーでは、カウンセリングの基本とされる『人格変容のための必要十分条件』とキャリアコンサルティングの相違について、解説をしています。

『人格変容のための必要十分条件』とは

キャリアコンサルタント養成講習で使用する、多くのテキストや副教材、レジメ等に記載されているであろうC.ロジャーズの『人格変容のための必要十分条件』。

対人援助の、そしてキャリアコンサルティング(≒カウンセリング)の基本として、ほぼ全ての受験生が学んでいるかと思います。

その『人格変容のための必要十分条件』は下記の6つの公式からなります。

1.二人の人が心理的接触をもっていること。

2.第1の人(クライエントと呼ぶことにする)は、不一致(incongruence)の状態にあり、傷つきやすく、不安の状態にあること。

3.第2の人(セラピストとよぶことにする)は、その関係のなかで一致しており(congruent)、統合して(integrated)いること。

4.セラピストは、クライエントに対して無条件の肯定的配慮(unconditional positive regard)を経験していること。

5.セラピストは、クライエントの内的照合枠(internal frame of reference)に共感的に理解(empathic understanding)しており、この経験をクライエントに伝えようと努めていること。

6.セラピストの共感的理解と無条件の肯定的配慮が、最低限クライエントに伝わっていること。

(引用:ロジャーズ選集(上)P267 誠信書房)

これ以外の条件は必要ない。もしこれら六条件が存在し,かつ,それらがしかるべき間,存在し続けるなら,それで十分である。建設的な方向に人格が変容する歩みが,結果として生じる。

(引用:『人間の潜在力』個人尊重のアプローチ ロジャーズ著 畠瀬稔・畠瀬直子訳)

キャリアコンサルティングは『カウンセリング』なのか。

私は、先ほど『キャリアコンサルティング(≒カウンセリング)の基本として~』と述べました。

ロジャーズは、「臨床心理家」であり、キャリアコンサルタントではありません。

彼の理論を全て「キャリアコンサルタント」が行うべき理論として考えてしまうと、本来支援できるはずの相談者との間に、ラポールが生まれず、支援できないことにもなりかねません。

どれだけ共通する部分が多いとしても、現実的には、どこまで行っても「キャリアコンサルティング」は「(心理)カウンセリング」そのものではないからです。

それが「2.第1の人(クライエントと呼ぶことにする)は、不一致(incongruence)の状態にあり、傷つきやすく、不安の状態」にあること。」と「見てしまう」問題です。

なぜなら、「キャリアコンサルタントは『傷つきやすく、不安の状態にある」相談者を支援するとは限らないからです。

「キャリアコンサルティング理論と実際」でのアプローチ

例えば、「キャリアコンサルティング理論と実際」(木村本)によれば、行動的アプローチによる支援として、下記のように述べられています。

クライエントの未決定が、単に「自分が何をしたいのか分からない。職業を知らない」などの単純な要因によるのであれば、カウンセリングは直ちに第2段階(道具的学習)から行われる。

(引用:キャリアコンサルティング理論と実際5訂版P50 木村周 雇用問題研究会)

※木村本は、原則としてカウンセリングとコンサルティングを同じ意味で使用しています。

例えば、私の場合「英語とベトナム語、どちらを勉強するべきか」というキャリア上の迷いはありますが、そこに「心の傷」や「不安」は特にありません。

単に「よりメリットがあるのは、どちらか」。

それだけの問題です。

つまり、第2公式 「第1の人(クライエントと呼ぶことにする)は、不一致(incongruence)の状態にあり、傷つきやすく、不安の状態にあること。」は当てはまらないのです。

言い換えれば、私の「英語とベトナム語、どちらを勉強するべきか」という「単なる情報不足による迷い」に対して、「傷ついている」「不安を抱えている」と、それこそ「決めつけられ」て「カウンセリング」を行われる方が、不快感があるわけですね。

不快感があるのですから、当然ラポールはできません。

拡大解釈すれば、

「なぜ資格があるのにそんなに勉強するの?老後が不安なの?」

と、つきつめれば不安と言えなくもないですが、そりゃ大きなお世話です笑

実務では「情報提供」も重要となる。

私が欲しいのは、あくまで「情報」。

つまり、下記のようなことを、「キャリアの専門家」に教えて欲しいわけですね。

英語学習者人口とベトナム語学習者人口
AI翻訳と語学
日本語ネイティブにとって、英語とベトナム語のどちらが学習しやすいのか
TOEICに相当するようなベトナム語の試験の有無
今後の海外展開や顧問先支援を考えた場合の比較

これらの情報を提供してくれず、いつまでも感情(気持ち)ばかりを言う。

そんなキャリアコンサルタントだったとしたら、私は「この人は私のことを全く分かっていない」と感じます。

それが、キャリアコンサルティング協議会の出版した

「学ぶ、働く、生きるを支援する、時代の新資格 国家検定2級キャリアコンサルティング技能検定 -学科問題解説と実技の視点、考え方-(第二版)」

においても、標準レベルキャリアコンサルタントの課題として

「問題があって相談に来たのに気持ちばっかり言われてちっとも進まない」

(引用:「学ぶ、働く、生きるを支援する、時代の新資格 国家検定2級キャリアコンサルティング技能検定 -学科問題解説と実技の視点、考え方-(第二版)」P176)

とまで述べられている「クレーム」なのです。

確かに、キャリアコンサルタント試験におけるクライエント役は、ほとんどの場合、「傷ついている」「不安を抱えている」のだと思います。

たとえ、一見そう見えないとしても。

なので、試験的にはそのような「不安」「傷」を抱えていると考えてアプローチすることは間違いとは思いません。

しかし、実務的には「別に不安も何もないのに、『セルフ・キャリアドックだから』、『給付金申請に必要だから』と、何だか分からないけれど面談『させられている』」人もいます。

ついつい「カウンセリングしたくなる」ことも多いし、「寄り添う」を考えてしまうことも多いと思いますが、シンプルなサポートを求められるケースもある。

そういった「単に情報が欲しい」という気持ちに応える(敢えて「寄り添う」とは言いません)。

このことも頭の片隅においてみて下さいね。