このエントリーでは、キャリアコンサルタントととして、「言葉」への感度をあげるために、ヨルシカの「あの夏に咲け」の歌詞を考察しています。

ヨルシカ「あの夏に咲け」

「あの夏に咲け」歌詞

君が触れたら、
た、た、ただの花さえ笑って宙に咲け
君に倣って、て、照れるまま座って
バスの最終時刻 オーバー

いつもの通りバス亭で、
君はさ、ギターを持っていた。
それだって様になってるなあ。

しがない物書きであった僕は
その風景を書いていた。
隣に座る間も無く消えた。バスが走っていく。

書いて書いてようやく得たものが
妬みとか蔑みとか!
なんかもう忘れたい

君が触れたら、
た、た、ただの花さえ笑って宙に咲け
君が登って、て、
照れる雲も赤らんで飛んでいく

君がいるなら、
た、た、退屈な日々も何てことはないけど
君がいた騒々しい夏もさよなら
誰か応答願う オーバー

雨の街路脇、君は立っていた
片手には赤い
カトレア

君の流した水滴が夕立ちみたく伝っていた
君が泣いてるのに手は動いた
声もかけないで
その顔を書いていた

吐いて 吐いてようやくわかるのが
痛みです 虚しさです
なんかもう馬鹿みたい

満たされるから、
た、た、足りてた分を落として
嫌になるんだよ
それで良かったって笑えるほど
大人じゃないのにさ

君が乗り込む、
バ、バ、バスの隙間に僕の場所はないから
君がいた想像だけが嵩んでいく
今日も人生俯瞰、オーバー

君が歩けば花が咲く
君が歩けば空が泣く
君が笑えば遠い夏
笑う顔が書いてみたい

夕立の中泣く君に
僕が言えるのなら
もう一回あの夏に戻って

君が泣いてる、
と、と、止まらない訳を僕は知っていたい
君に触れたら、
て、て、適当なことでも喋ってみよう

君がいたから、
た、た、退屈な日々も何てことはないのさ
君に笑って、て、照れるまま座って
バスの最終時刻、オーバー

ヨルシカ – あの夏に咲け 
作詞作曲、編曲(Words and Music): n-buna Vocal:suis

オーバーの意味するところを考察する

3つ、異なる意味のオーバーという言葉が出てきます。

最初のオーバー:「時間を超えた」
➡座っていたらバスの最終時刻を「過ぎた」という意味のオーバー。

次のオーバー:「こちらからは終了、そちらどうぞ(話しかけて)」
➡無線での応答時の「誰か話しかけて(応答せよ)」というオーバー(無線用語)。

最後のオーバー:「俯瞰する」
➡人生をまさに、オーバーな視点で見るという意味のオーバー。

そして、「『君の乗り込むバス』に僕の場所はない」という言葉があります。

ここから、「君が死んだ」ことが示唆されていると考えることができます。

生きているなら、「可能性としては」同じバス(人生)に乗ることはあり得るのに、「ない」と断言しているからです。

だからその前には、「誰でもいいから話しかけて欲しい」、そんな寂しさの「オーバー」がある。

もう君はいないから、「君がいた想像だけが嵩んでいく」という「君が生きていたなら、どうなっているんだろう」という「想像」で人生を俯瞰するしかない。

だから最初に、「君を想い、君と同じ(倣って)に座っていたら」、バスの時間をオーバーした。のではないでしょうか。

言葉の知識と関心を増やして「相手を理解する」。

クライエントの発した言葉を理解することは、支援者の基本です。

しかし、言葉には文脈や背景があり、意味をどのように捉えるかを考える「前提としての知識」が必要です。

オーバーという英単語の知識、オーバーが無線でやり取りされる言葉であるという知識。

そして何より、歌詞に、言葉に興味を持った人にしか伝わらないんです。

あなたの好きな歌、その歌詞が何を意味しているのか、一度考えてみるのも楽しいかもしれません。

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