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このエントリーではキャリア理論におけるエドガー・H・シャインの「キャリア・アンカー」について、実務的な側面から解説しています。

心理・キャリア理論に万能・永続する理論はない。

キャリアコンサルタント業界においては、ある1つ、もしくは少数の技法・理論・療法が、どのような関係性においても万能であるかのように唱えられていることが多いように感じます。

例えば、ご存じ「来談者中心療法」。

C.ロジャーズが打ち立てたこの療法は、キャリアコンサルタント業界でも非常に人気のアプローチ(というか、ほぼそれしか教えられていないという方もいるかもしれません)ですが、例えば教育業界では批判もあることは、下記の資料でも明らかです。

一頃は,「相手を共感的に理解し,無条件に受容し,自分自身が純粋になる」こと,すなわちカウンセリング・マインドがどれだけ生かされているかによって,親子,夫婦,同僚,友人など,あらゆる人間関係がよくもなれば,悪くもなる,と考えられていた(氏原,2000).

これが言うほどに簡単なことではなく,しかも”役割”という観点が欠落したものであるかは,氏原(2000)が指摘するとおりである.

結果として,この時期の後半に,「『来談者中心療法モデル』一点張りに対する批判,学校内における教師とカウンセラーの対立などの問題の指摘,あるいは『カウンセリングは”指導”と対立する』という批判等の,新しい論調」(近藤,1997)があらわれることになる.

「学校と教師の中にカウンセリングが浸透するにつれて,カウンセリングの考え方が『教育という営み』『学校というシステム』『教師という役割』等の現実の壁に本格的にぶつかり始めた」(近藤,1997)のである.

(引用:学校教育相談とカウンセリング・マインド-教育とカウンセリングの関係について-)

また諸富祥彦先生によれば、アメリカでは

1990年代に入って、ついに心理療法の理論的立場のリストから「クライエント中心療法」が抹消された

(引用:カール・ロジャーズ入門―自分が“自分”になるということ 諸富祥彦 コスモスライブラリー)

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と述べられていることも、まず養成講習では学ばないでしょう。

対人援助は、オウム返しだけでなんとかなるといったものではありません。

AI等と同じく、日々研究され新たな論文が出されるなど日進月歩の分野であり、また一人として同じ悩みはない以上、相談者に合わせてカスタマイズされた、多様なアプローチが必要とされます。

だからこそ、心理療法は現在大きく分けても400種類にも上ると言われるんですね。

にもかかわらず、日本人の特性なのか「マニュアル的に」「一『』懸命に」1つの技法・方法(マニュアル)を極めることが、対人援助職の唯一の在り方のように印象付けられていたり、それによってクライエントの何もかもが前向きに変容する、とでも言いたげな指導がなされているように感じます(少なくとも私が受講した養成講習団体ではそうでした)。

キャリア・アンカーは令和の時代に「最適」な分類方法なのか

理論・技法は万能ではなく、永続しない。

その例の一つとして、あなたも良くご存じの「キャリア・アンカー」について、より詳細に解説したいと思います。

まず、キャリア・アンカーという分類方法(シャイン自身はキャリア・アンカーを理論ではないと主張しています)がどのようにして完成に至ったのか、資料を引用しておきます。

マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院の教授である Edgar H. Schein が、スローン経営大学院の修士課程の同窓生 44 人を対象として、管理職へのキャリア形成過程と、入社した会社の価値観にどのように教化されていくかについて 1961 年から 1963年まで 2 年目の学生を対象に第 1 回のパネル調査を行った。

卒業して 5 年後に回答者全員に質問紙票に記入してもらい、更に、キャリアがスタートしてかキャリア・アンカーら約 10 年~12 年後の 1973 年に、同一人物について継続的にキャリア上の出来事や社会化過程についてフォローアップ・インタビューを行った。

(引用:キャリア・アンカー―キャリア・アンカーの芽―森 久子)

このように「キャリア・アンカー」は1970年代後半に完成した分類方法です。

一言で言えば、古い。

日本では、古いものが評価される傾向が強いのですが、やはり学問的に考えたとき、1970年代後半という時代、そして日本とアメリカという「キャリアへの価値観の違い」などもあり、キャリア・アンカーが今もそのまま使えるとは考えにくい部分もあります(その他、例えばVPIの職業分類も20年前のものですから、おススメはしません)

更に調査対象者の人数も少なく、また極めて特殊(MITスローン)なキャリアを歩んだ人々の追跡調査で得られた結果を基にしているのが、このキャリア・アンカーという「分類方法」です。

キャリア・アンカーは当初は5つのパターンに分類され、その後追加調査により現在の8つのパターンとなったとされますので、最終的な調査人数は分かりませんが、成立経緯を改めて確認する限り、私たちが(現代・日本において)使用するツールとして最適なのか、検討の余地があるように感じます。

簡単に言えば「キャリア指向質問票等によるキャリア・アンカーの確認は、信頼性・妥当性があるのか」ということですよね。

なにせ、シャイン自身が「アンカーの変化」について、下記のように述べているのですから…

アンカーの変化についてシャインは、長期に亘りキャリア・アンカーを追跡した例が少ないため、十分な証拠を手に入れるに至ってはいないが、当初からの調査対象者のうち 40 代半ばになっている 15 人については、キャリア・アンカーは安定していると言ってよい結果が現れていると考えている。

(引用:キャリア・アンカー―キャリア・アンカーの芽―森 久子)

そして対象者すらも限定されていたり…

シャインは、その著書である「キャリア・アンカー」の対象者を、「キャリア・アンカーを語ることが有意義だと思えるほど十分にキャリアを大切に思っている人々」に限定している。

(引用:キャリア・アンカー―キャリア・アンカーの芽―森 久子)

私たち自身の言葉も時代とともに変わる

また、言葉の意味も時代とともに変わります。

一例をあげれば、「ヤバい」という言葉が「危険」だけを意味していた時代もありますよね。

今はどうでしょうか。

「ヤバい」=「素晴らしい」
「ヤバい」=「あり得ない」

などの意味も付加されています。

そう考えると、シャインの「キャリア・アンカー」による「安定」と、私の考える「安定」についても、共通する部分もありますが、違和感が強い部分もあります。

シャインの「キャリア・アンカー」における「安定」

お手持ちのテキストにも掲載されているかもしれませんが、「新版キャリアの心理学第2版」(以下「渡辺本」)P161には、このように述べられています。

4.保障/安定(security/stability)
生活の保障,安定を第一とする。経済的に安定していることは誰しも望ましいことであるが,リスクを取って多くを得るより,安定を最も大切なこととする。

(引用:「新版キャリアの心理学第2版」 渡辺三枝子編著 ナカニシヤ出版 P161)

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渡辺本では、編集の関係上こういった表現にまとめられていますが、金井壽宏先生の翻訳、つまりシャイン自身の言によれば下記のようになります。

あなたのキャリア・アンカーが保障・安定にあるならば、あなたがどうしてもあきらめたくないことは,会社の雇用保障,あるいはその職種や組織での終身雇用権などでしょう。(中略)安定を望むゆえ、職務での終身雇用権がなんらかの形で約束されるならば,それと引き換えに雇用者側の望むことはなんでもやるといった忠誠心や意欲を誓うこともあるでしょう。

(引用:「キャリア・アンカー―自分のほんとうの価値を発見しよう」エドガー・H・シャイン 金井壽宏(訳)白桃書房)

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保障・安定というキャリア・アンカーについて、更に詳細に「職務での終身雇用権がなんらかの形で約束されるならば,それと引き換えに雇用者側の望むことはなんでもやるといった忠誠心や意欲を誓うこともある」といったケースまで触れているんですね。

しかし、令和の今、改めて「安定」について考えてみると、このシャインの述べた「安定」がもはや「何も安定といえない」ことが分かります。

令和(≒2020年代)の「安定」とは。

少なくとも2019年以降、私の考える「安定」は、シャインの述べた「安定」と同一ではありません。

私が考える「安定」とは、「一つの収入源に生活の全てを委ねず、可能な限り多くの収入源を確保し、どのような状況でも一定の生活レベルを確保する」です。

つまり「シャインの提唱した『キャリア・アンカーにおける「安定(保障)」』という概念と、パラレルキャリアを基本とした、キャリアスタイル、キャリアマインドを持つ人が述べる『安定』は根本から違う可能性がある」んですね。

今や、どんな大企業であっても、「自分だけはリストラ対象にはならない」と胸を張って言える人はごく僅かでしょう。

公務員であったとしても、上司がハラスメント的であって、精神的に病む可能性は否定できません。

公務員であっても大企業の社員であっても、「単一組織に人生(収入)を握られている」時点で、「安定」とは言い難いのです。

令和の中高生が、youtubeやtiktokで収益を得ることは、何も「自律・独立」「起業」「挑戦」といったアンカー的(若者にはキャリア・アンカーはないという考えに従えば、『的』という表現になります)なキャリアマインドではなく、「どんな時も安定した生活を送りたい」という「安定」が根本にあるのかもしれません。

クライエントの発する「言葉」の本意は、「あなたの価値観」と一致しているか?

「キャリア・アンカーを確認する」とは、実技試験で多くの受験生が述べるキーワードです。

しかし、この「キャリア・アンカー」で表現される「各アンカー」と、クライエントが口にする「起業したい」「副業をしたい」という言葉…

クライエントの気持ちは『8つのアンカー』に、本当に対応しているでしょうか。

安定した収入が得られるようにしたい=大企業に就職したい

とは限りません。

シャイン自身が「アンカーと職業を一対一で結び付けない」などの留意点も述べていますが、この「キャリア・アンカー」そのもの、そしてキャリア指向質問票の利用にも、更に研究が行われ、修正が加えられるべきではないかと思います。