私は、公認心理師・キャリアコンサルタント・社会保険労務士として、企業様に労務管理のコンサルティングなどをご提供しています。そこで今回は「中年期の発達課題」について、

① なぜこの知識が人事労務担当者の方にとって重要なのか、その理由
② 心理学的に知っておいて頂きたいポイント

この2点をお伝えします。

なぜ?中年期の発達課題が人事労務の重要テーマになる理由

なぜ「中年期の発達課題」が人事労務の重要テーマになるのでしょうか。
その理由は、現在の日本社会が抱えている問題の多くが、この中年期の発達課題と密接に関係しているからです。

例えば2021年9月、サントリーの新浪剛史社長が発言した「45歳定年制」を覚えておられる方も多いと思います。このようにリストラの対象として真っ先に経営者層の頭に浮かぶのは、加齢による体力等の低下に伴って、パフォーマンスが低下しはじめた40歳以上の社員が多いことはご承知のとおりです。

しかし、晩婚化が進んだこともあり、40歳前後だとお子様がまだ中学生というご家庭が当たり前になりました。そうすると、これから学費などの教育費が必要になったり、マイホームを購入して日が浅く、住宅ローンがまだまだ残っていたりするケースも考えられます。また、日本ではどうしても「中高年の中途社員は扱いづらい」といったイメージも根強く、転職活動に時間がかかることも珍しくありません。

中年期である40歳から仕事を失うことは、経済面で非常に大きなダメージを受けると同時に、家庭での立場を弱いものにしてしまうものでもあります。

このように、中年期の社員を対象とした企業施策は、人事労務的にも極めてセンシティブな課題であり、慎重な検討が必要となるものです。

「中年期の発達課題」って?心理学的に知っておきたいポイント

この「発達課題」という用語、心理学を少し勉強された方や、傾聴・カウンセリングなどを学ばれた方にとっては、なじみのある用語なのですが…残念ながら、その「意味」をきちんと理解されている方は決して多くありません。なので、既に知っているという方も、ぜひご一読頂ければと思います。

では、そもそも「中年期」が当事者にとってどのような時期なのか、それを知るために「発達課題」の代表的な理論を3つ、特に知っておいて頂きたいポイントを中心にご紹介します。

ハヴィガーストの発達課題論

発達課題という考え方(理論)を最初に提唱したのは、教育心理学者のロバート・J・ハヴィガーストです。
彼は発達課題について下記のように述べています。

「発達課題とは、人生のそれぞれの時期に生ずる課題で、それを達成すればその人は幸福になり、次の発 達段階の課題の達成も容易になるが、失敗した場合はその人は不幸になり、 社会から承認されず、次の発達段階の課題を成し遂げるのも困難となる課題」

いかがでしょうか。発達課題とは「達成に失敗した場合、『その人は不幸になり、社会から承認されず、次の発達段階の課題を成し遂げるのも困難』になる課題」なのです。

さらに、ハヴィガーストは「発達課題を達成していない人は、社会から承認されていない」とさえ、言っているんですね。

しかし、この言葉…あなたにも思い当たるフシがあるのではないでしょうか…。そう、少し前に流行った「子ども部屋おじさん」「子ども部屋おばさん」…略して「こどおじ」「こどおば」です。

これは「いい歳をして、親元(実家)を離れず、いつまでも時間が止まったかのような「子ども部屋」で過ごす中年の人々」を「揶揄(やゆ)」している言葉です。

青年期と壮年初期の発達課題について、ハヴィガーストは、下記のように提唱しました。

青年期
・両親や他の大人からの情緒的独立・経済的独立に関する自信の確立
・職業の選択及び準備・結婚と家庭生活の準備
壮年初期
・配偶者の選択・結婚相手との生活の学習・家庭生活の出発(第一子をもうけること)
・子どもの養育・家庭の管理・就職・適切な社会集団の発見

ハヴィガーストの言うように「発達課題を達成していない」それだけで、その個人が「社会的な承認を得られない(少なくとも評価されない)」ことがお分かり頂けたかと思います。

エリクソンの発達課題論:ライフサイクル論

続いて、エリク・エリクソンです。彼は発達課題論ではハヴィガーストよりも有名と言っていい研究者でしょう。エリクソンは発達課題を下記のように定義しています。

「その年齢に対応する発達課題を達成できず、危機を乗り越えることに失敗すると、その経験が様々な心の障害の原因となる可能性 や、「人」として十分に発達できない可能性がある。」

ハヴィガーストは「不幸になる」と言いましたが、エリクソンも「人として十分に発達できない」…ここまで言っているのです。

エリクソンのこの定義について、言い過ぎだと思われる方も多いかもしれません。しかし、彼の有名な「ライフサイクルの8段階」という発達課題論をきちんと検討すると、あながち言い過ぎとも思えない部分もあります。

例えば、「初期成年期(22歳~40歳)」の発達課題は「親密性VS孤独」です。これは簡単に言えば「心を許せる恋人ができるかどうか」です。心を許せる恋人ができれば「親密性」が優勢になります。逆にそういった存在が得られなければ「孤独」が優勢になります。「親密性」が優勢になった人は「愛」を獲得できます。逆にそういった存在が得られなかった人は、「孤独」のまま初期成年期を終えることになります。

「心を許せる恋人の有無」が、次の「成年期(40歳~65歳)」の発達課題の達成に大きく影響することは、言うまでもありませんよね。恋人と親密な関係性を作り(発達課題を達成し)、「愛」が得られた人は、次の発達課題である「生殖・世代性」の達成可能性が高くなります。しかし、「孤独」のまま初期成年期を終えた方にとって、次の「生殖・世代性」の達成はより困難になることは想像に難くありません。

このように考えると、エリクソンのライフサイクル論が広く受け入れられている理由も納得できるのではないでしょうか。

レヴィンソンの発達課題論:中年の危機

最後に、レヴィンソンの発達課題論です。レヴィンソンは40歳から60歳を中年期と設定していますが、この中年期でも特に40歳から45 歳を「人生最大の過渡期」と考え、「中年の危機」と名付けました。
それはこの時期には、若かった頃との違いが顕著になる「若さと老い」の葛藤、更に子どもの親離れや夫婦関係の変化など「愛着と分離」の葛藤といった、非常にストレス負荷の高いライフイベントがあるからです。

中年期の発達課題の達成・未達成は潜在的ハラスメントリスク

中年期とは、経済的にも精神的にも、ストレス負荷の高い時期であり、更に体力的な衰えがそのストレス負荷に拍車をかけてきます。

このような時期に、人員整理はもちろん、降格、また未経験職種への配置転換などのリストラを行ったり、未婚であることや育児経験の有無などを、衆人環視の場で指摘したりすることが、どれほどリスクのある行為か、人事労務担当者が発達課題の知識を持つことの重要性と併せてご理解頂けたかと思います。

もちろん、リストラは必要に迫られて行うものであり、会社にとって重要な施策であることは否定しません。しかし、例えば「45歳で職を失う」ことは、発達課題の観点から鑑みて、どれだけの精神的負荷を与えるかを知っておくことは、決して無駄なことではありません。

また、「何でもハラスメントと言われたら、何も言えない」という声も一部にありますが、「発達課題が未達成であること」が、その本人にとってどのような意味を持つのかが分かれば、「敢えて言う必要がないこと」の理解も進むはずです。

心理学を理解すると働きやすい職場に!

このように、心理学的な知識は、社員のエンゲージメントを高めたり、職場のハラスメントリスクを減らすのに役立ったりと、人事労務担当者の方にとって非常に有益なものです。

冒頭にお伝えしましたように、私は社会保険労務士としても顧問先様に労務コンサルティングをご提供しているのですが、やはり「人」は難しいもの。法律的には正しくても感情的には受け入れることが難しい施策などもあります。

ぜひ、この機会に心理学にも興味を持って頂き、職場の皆様の働きやすい環境づくりに役立てて頂ければ幸いです。